one small touch

one small touch。日々の思考や行動に一手間加えることで、素敵な女性にね。私はなりたいです。

夢と香りと夏休みの記憶

ひどく大きな雷の音がして目が覚めた。
ざあざあと降る夕立の音と、鼻に迫る濡れた木々と雨の匂い。
さっきまでは照りつける真夏の太陽と蝉の生命力に満ちた声を体で感じながら、縁側でうとうとしていた。
そんなうちに、ストンと眠りに落ちたようだ。

 

開け放した窓からは畳に雨が吹き込んでいた。
裸足で畳に投げ出した足先が大雨で少し濡れている。
寝ぼけていた私は、慌てて網戸と窓を閉めた。
母と一緒にいたような気がしたが、今は自分しかいない。
少し心細くなって、母を探して居間に向かってノロノロと歩き出す。
その先には、手料理の香りがしてホッとする。

 

と、そんな夢を見た。
もはや夢というか、思い出のワンシーンだけれど。
今でもありありと思い出せる、小さい頃の情景だ。
この時期になると、夏休みを過ごすことが多かった母の実家での景色と香りを思い浮かべることが多い。

 

水打ちをした庭先のアスファルトの香り。
真夏の太陽が焦がす、干された布団に染み込む乾いた明るい香り。
古い畳の少し湿ったような藁の香り。
仏壇から香るなぜだか安心するお線香の香り。
もしかすると今頃刃を入れられている、赤々とした西瓜の香り。
夕立に濡らされた庭の青々とした木々の香り。
祖母が洗い上げるいつもと違う洗剤のシンプルな香り。
縁側から私を守るために誰かがつけてくれた蚊取り線香の香り。
木造の古い建物から香る古い木の温かい香り。
久しぶりに使う華やかな来客用座布団の少し埃っぽい香り。
近所のみんなで集まるにぎやかなBBQの煙の香り。
その後に必ずやる手持ち花火の火薬が散る華やかな香り。
素敵なおばあちゃんが営むお団子屋さんの、大好きだったみたらし団子の香り。
お隣さんがお裾分けしてくれる、土のついた採れたて野菜の香り。

 

その香りから波及して、その時の情景も浮かび上がってくる。
香りは優しくて切なくて少し残酷で、私たちをいつも思い出の中に急に捕えて離さない。

 

なぜかいつも英語だった、祖父の「Good night」の挨拶。
私をいつも離さなかった、太陽みたいに明るい祖母の温かい手。
私たちを笑顔で送り出す、父の笑顔。
あの頃はまだ少し少女のようだった、両親に会って安らいだ母の表情。
一人ではいつだって頼りない、でも誰よりも優しい弟の私を呼ぶ声。

 

あの時はきっと全てが平和だった。
もちろん今だって平和は平和だが、大人になってしまうと、それぞれにみんなが色々なことを考えて、
苦しんだり必死だったりもがいていたことも分かってしまうから。
だから、あの時感じていたものは全てが平和の象徴のように思える。幸せなことに。

 

もう何年もあの家には行っていないのにも関わらず、
少し思いを巡らせるだけで、数々の香りが、思い出の景色が思い浮かぶ。

 

寝ている間も嗅覚は働いている。
その他の感覚は睡眠とともに休憩しているが、嗅覚だけはその経路を閉じていない。
全身全霊で、夏休みの思い出を吸収していたのだと思うと、その時の自分に心底感謝したい。

 

東京に住んでいる私たちは、この香りを次の世代に教えることはできるのだろうか。
東京は洗練されている売り物の香りは多いけれど、生きている香りはもしかすると田舎の方が多いのではないかと思う。
だから、たまには深呼吸ができる隙間がある空間に、ぜひ訪れていこうと思うのだ。
あとは、これからも香りと一緒に全身で思い出を作ったり感じたりしたい。

 

何だかしんみりしてしまったけれど、こんな夏の思い出を、
香りと一緒に思い出してみると意外と色々なことがあると思うので、
そういうことを思い出して語り合ったりなんか、一緒にしましょう。えへ。